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気仙沼復興協会 小松と申します

気仙沼復興協会 小松と申します。
この度、MISC藤元様より皆様のお仲間にご紹介いただき感謝しております。
私自身、3月に発生しました東日本大震災で被災しました。
震災の時は丁度、友人の結婚式で東京におり、次の日の結婚式に備えて友人宅にいたところ地震がおきました。
2回くらい大きく揺れ、あわててTVをつけて見たところ・・・言葉が出ませんでした。
 
私の家が無くなったのは想像に難しくありません。
 
それよりも、心配なのが家族・・・夫の消息・・・
私の実家では養殖わかめの最盛期でしたので必ず両親は自宅にいる!
 
そして地区の避難所はわすが5mしかない神社・・・
震災から丸2日、誰1人と連絡が取れませんでした。
震災から3日後、やっと職場から避難した兄からの連絡。。。神社に33人が孤立していたところを兄たちの消防団が救出に向かい全員無事と・・・一気に力が抜けました。
 
私の兄は地区の消防団員で、翌日一人で神社に歩いて救出に行ったところ、同じ地区の消防団に一人、また一人と示し合わせたかのように会い、結果4人が集まり歩行が困難なお年寄りを毛布に包み3km離れた避難所まで瓦礫の上を歩いて運んだそうです。
 
そして夫は、私の両親が心配で揺れがおさまった後、車で家に戻り、実家の10m手前の橋を渡ろうとしたところ津波が堤防を越えてきてあわてて引き返し助かりました。
 
もしもあの橋を渡っていたら・・・
 
思い起こすと何もかもがタイミング。私たちは命の選別をどこでされたのでしょう。。。
その後、仮設住宅に入居し、新しい生活が始まりました。
今は夫と二人、仮設住宅で生活しております。
そんな私が気仙沼復興協会に入社したのは5月。
労務の仕事を任されています。
そんな中、仮設住宅に暮らす母や仮設住宅で生活を共にするお母さん方に協会から毛糸を支援する機会がありました。
そこにはたくさんのお母さん方が『今から何したらいんだべ~』と話をしていました。
早速、毛糸を運んだところ、みんな目が輝きました。話をしなかったお母さん、孫をおんぶしたお母さん
みんなが毛糸を触り、感じました。。。
 
『毛糸触ってるだけで落ちづぐ~』と編み棒を数本しか持っていかなかったため編み棒のない方はリリアンを作り始めて・・・
 
毛糸を触りながら震災などなかったかのような日常の変わりない会話が飛び交い・・・
そこへおひさまのひだまりがお手伝いをし・・・【ほっこり感】としか言いようのない空気を感じました。
この空間で何かできないか?みんながこの【ほっこり感】を感じられる空間を作りたい。
そう思いました。
 
丁度私の母が編み物が得意だったため、母を含めた数人のお母さんたちを集めて
 
マフラーを編もう!!
 
ということになりました。
 
港町の編みっ娘ぶらぐ】結成です!!!
気仙沼は漁業の町ですから、どのお母さんも稼業が忙しく今まで編み物をじっくり編む時間がなかった方々ばかり。
初めは自信がなく仮設住宅に訪問しても、編み物を見せてくれなかった方もおります。
ですが今は仮設住宅に呼ばれてお茶菓子をごちそうになりながら、新作をどんどん見せられます。
 
お母さんの笑った顔ってどうしてこっちも笑ってしまうほど落ち着くんですかね?
 
守られているような・・・
包まれていくような・・・
 
そんな気持ちにさせられます。
気仙沼復興協会は編み代を全額報酬として還元しています。
編み手さんは、『こんなにいいがら~』といいます。
お母さん方に元気になって欲しいと企画した【気仙沼マフラー】は、私が一番お母さん方から元気をもらい、独り占めしているかもしれません。
 
ぜひとも多くのみなさんにこの【ほっこり感】を感じてほしいです。
 
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